人的資本経営に取り組むべき理由、国の方針、関連用語等について解説します。
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Q人的資本・人的資本経営とは何ですか?
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A「人的資本」とは、個人が持つ知識、技能、能力、資質など、付加価値の源泉となりえる資本のことです。人的資本の定義は、様々な機関や研究者が提示しており、正式に定まってはいませんが、たとえばOECD(経済協力開発機構)は「個人的、社会的、経済的厚生の創出に寄与する知識、技能、能力及び属性で、個々人に備わったもの」と2001年の報告書で定義しています。
「人的資本経営」とは、これらをまさに「資本」と捉え、積極的に投資を行い、持続的な企業価値の向上につなげる新しい経営の在り方です。また、人事・組織領域・財務の各種データとHRテクノロジーを活かし、人的資本を可視化して経営を行うことも重要なポイントです。
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Q人的資本開示や人的資本経営には、なぜ取り組む必要があるのでしょうか?
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A2009年のリーマンショック後ごろから世界の金融界では、産業構造の変化等(製造業からICT・サービス業中心へ)の影響で、有形資産だけを見ていては企業価値が測れないという懸念から、無形資産に注目が集まるようになりました。近年の成長企業が人に投資する特徴があることや、短期志向の資本主義への疑念、環境問題の深刻化などからもESG重視の傾向が進んでいます。
日本政府も、失われた30年を脱して再成長していくために不可欠なこととして、企業に対し、人的資本経営に基づいた人事・組織変革や人的資本の開示を求めています。国内外の様々な要因から、人的資本経営と開示が求められているのです。
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Q人的資本経営は、通常の経営と何が違うのですか?
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A従来の経営は人材を「資源」として捉えているのに対し、人的資本経営では人材を「資本」とみなしています。また、従来は年功序列や終身雇用による人材の囲い込みが起きていましたが、人的資本経営では組織と人材が互いに選び合う自律的な関係を前提としています。
さらに、人的資本経営の本質は、従業員の成長促進と適切な組織改革を行い、事業の市場のみならず労働市場・金融市場から選ばれるような企業になっていくことにあります。そのためには、自社の望ましい人的資本の姿と現状とのギャップをデータで把握し、徐々にそのギャップを埋めて、企業価値を高めていく必要があります。
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Q人的資本開示と人的資本経営は、どのように関係しますか?
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A人的資本経営を行うということは、ROI(投資利益率)を見ながら人材マネジメントをすることであり、データで自社の人的資本を捉え、ありたい姿とのギャップを把握し、そのギャップを埋めていく取り組みを行うことです。成果や現状、そして人的資本を大事にしている姿勢などを「開示」し、変革の進捗を社内外に提示することで、自社の従業員のエンゲージメントやリテンションにつながる可能性があります。また、社外には自社の優良性を市場に訴える効果を期待できるでしょう。
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Q人的資本経営や開示と「人材版伊藤レポート2.0」の関係は?
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A経済産業省は、日本企業が無形資産投資競争に敗れ、いわゆる「日本型経営」のメンバーシップ型雇用慣行や制度に限界がきていることなどを背景に、転換の方向性と具体策の議論のため、2019年より「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」、2021年7月に「人的資本経営の実現に向けた検討会」を組成しました。そして、成果がそれぞれ「人材版伊藤レポート」「人材版伊藤レポート2.0」にまとめられました。特に「2.0」では、経営戦略と人材戦略を連動し、中長期的に成果や経営の持続性を生み出す人材ポートフォリオをどう作り上げていくのか。また働く個人が活き活きと能力を発揮できる環境をいかに用意していくかについて、具体的な実践の事例報告やアイデアが述べられています。
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Q「人材版伊藤レポート2.0」には、大まかには何が書かれているのですか?
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A日本企業の変革の方向性や、経営戦略に連動した「人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素」、そして、それらを具体化させようとする際に実行に移すべき取り組みや、取り組みを進めるべきポイントや工夫が述べられています。
なお、人材戦略に求められる「3つの視点」とは、①経営戦略と人材戦略の連動、②As is-To beギャップの定量把握、③企業文化への定着です。
「5つの共通要素」とは、①動的なポートフォリオ、②知・経験のD&I、③リスキル・学び直し(デジタル、創造性等)、④従業員エンゲージメント、⑤時間や場所にとらわれない働き方、と提唱されています。
参考情報:経済産業省 「人材版伊藤レポート2.0」
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Q義務化が決定した事項の開示を行えば、それでよいのでしょうか?
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A大事なことは、人へ投資することであり、人的資本経営やそれに伴う改革を行うことで企業価値を高めることです。人的資本の開示は手段であって、目的ではありません。人材版伊藤レポート2.0でも、挙げられた全ての項目に網羅的に取り組むのは意味がなく、企業がそれぞれの環境や事業内容によって有効な打ち手を考え実践することが重要であることが指摘されています。
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Q具体的にはどのように人的資本経営に取り組むとよいでしょうか。
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A多くの場合、以下の4つのステップになります。
- ①経営戦略と人材戦略を連動させる
人的資本経営を行うには、まず経営戦略に基づく人材戦略の策定が必要です。
たとえば自社のDXが課題となっている場合、人材戦略としてはデジタル人材の確保・育成を進めていく必要があります。このように経営課題と人材戦略課題はつながっているため、まずは自社の経営における優先課題や目指すべき姿を明確にし、それを基に人材戦略を構築していくことが重要です。
- ②目指す姿と現在の姿のギャップを把握する
次に、経営戦略と人材戦略に基づいた、自社が目指す姿(To be)を設定します。そして現在の姿(As is)と比較し、どのくらいのズレや違いがあるのか、そのギャップを可能な限り定量的に把握します。
外部環境が激しく変化する現代においては、策定した人材ポートフォリオと現状のギャップが大きくなりやすいといわれています。この後の施策の考案・実行につなげていくには、前段階としてギャップを把握しておくことが不可欠です。
- ③ギャップを埋めるための施策を考案する
現状とのギャップを把握したら、ギャップを埋めるために必要な施策を考案していきます。一例としては教育投資や待遇改善、採用などがあり、施策を「投資」として捉えること、経営戦略の目標(目指すべき姿)から逆算して考えることがポイントです。
- ④施策を実行し効果検証する
実際に施策を実行していきますが、精度を高めるポイントは、PDCAを回すことです。施策実行後は定期的にモニタリングし、施策による変化や目標到達度を把握しましょう。効果検証で得たデータは施策の見直しや改善に活用し、より効果的な施策の考案・実行へとつなげていくことが大切です。
また、こうした取り組みを継続的に行うためには、データを継続的に収集し、リアルタイムでアクセスできる仕組みの構築も重要です。人事データの収集、計測、活用が正しく行えるよう、BI、AIツールの導入等も検討するとよいでしょう。
- ①経営戦略と人材戦略を連動させる