多面評価

成果主義人事制度が主流になることで日本でも導入が進んだ多面評価(360度評価)。近年は「タレントマネジメントツール」の拡大によって育成の観点で利用されることが増えています。本来の実施目的や実施対象者、効果的に使うポイントなどについて具体的にご紹介します。

いま、こんな課題はありませんか?

  • 「行動面」での現状を客観視させ、従業員自らの気付きや学びを促したい
  • 管理職のマネジメント行動について振り返る機会を定期的に設けたい
  • 管理職のマネジメント力を高めて、風通しのよい職場風土をつくりたい
  • 勘と経験頼みではなく、データを活用した人事戦略や施策をおこないたい

取り巻く環境・変化 日常的な行動を把握するデータ人事の時代へ

多面評価(360度評価)とは、職場の上司に限らず同僚や部下、あるいは取引先といった複数の者により、対象者の日頃の行動を観察する取組みです。もともとは成果主義が主流の米国で、評価の客観性、公平性、納得性などを高める手法として取り入れられてきました。日本での導入は2000年頃から盛んになってきました。その導入背景を人事制度の変遷とともに紹介します。
戦後の復興期を経て1960年代の高度成長期、人事評価は年功序列で、継続して勤務することによってポストが与えられ昇進し、報酬も上がっていくという考えが主流でした。しかし、このような仕組みは、1991年頃にバブル経済が崩壊し、能力主義から成果主義への移行が始まりました。2000年代に入り成果主義が定着すると、その反動で組織的な成長を妨げているという課題が浮かび上がってきます。その見直しとして、コンピテンシー(行動特性)評価や多面評価(360度評価)の実施、役割・職務資格制度などが導入され、組織目標のつくり方についての議論も行われるようになりました。このように、日本も人事評価を運営していくうえで重要となる全社共通の明確な絶対基準を設定し、統一的な評価をおこなう必要性から管理職層を中心に「評価」や「育成」の観点で多面評価(360度評価)が普及していきました。
また、近年では人事分野においてICTを活用する動きが起きています。特に給与、勤怠、配属、職歴、評価、スキル、コンピテンシー、教育履歴などさまざまな人事データをワンストップで管理し、効果的な人材活用につなげられる「タレントマネジメントツール」の導入は一般的になりつつあります。また、テレワークの浸透やフリーアドレス化などに伴い、働き方自体も変わり始めています。このような変化を踏まえ、グローバルで企業の競争力を高めていくためにも、組織を活性化させるためにも、勘と経験頼みでの人事ではなく、日常的に行動を把握できるデータなどを活用した人事戦略や人事施策づくりが必須条件になっていくといえます。

ポイント解説 多面評価の導入目的と効果的に使うポイント

多面評価(360度評価)とは

自分の行動が、周囲の人にどのように受け止められているかを、本人と、上司や同僚・部下など周囲の人からの情報をもとに客観的に把握する手法です。受講者本人にとっては、自分の強み・弱みを知る有効な情報で、より効果的な影響力の発揮にむけて自身の行動を新たに見直すことができます。また、人事にとっては、特に管理職の場合は、本人のマネジメントやリーダーとしての影響力について、効果的に発揮している部分と、発揮仕切れていない部分を把握することができ、能力開発ニーズを明らかにすることができます。

導入目的

多面評価を導入・実施する主な目的は従業員(特に管理職)の育成といわれています。評価(診断)結果を対象者にフィードバックすることにより、日頃の対象者の職務行動や職務遂行能力について「気づき」をもたらし、これにより自己認識を変化させ、行動変容を促すことが可能になります。また、上司による一方的な評価ではなく、多くの関係者を介することで、対象者を多面的な観点から観察することができ、気づきを促しやすく、人材育成の面で有効である点に大きな意義があるといえます。そのため、多面評価は以下のようなケースに有効なツールとなりえます。

●従業員自らの気付きや学びを促したい場合
●従業員の自己変革や人材育成をさらに進めたい場合
●特に組織をマネジメントしていく立場にある管理職において、自らを客観的に振り返るツールとして活用したい場合

また、近年では、以下に見られるような社会要請の高まりがありますが、これらの要請に対応していく際にも、多面評価は有効であるといえます。

(1)コンピテンシー(効果的な行動を起こす能力特性)の導入により、行動に対する
観察が求められるようになってきていること
●近年、コンピテンシーを人事評価に導入する事例が増えているものの、必ずしも上司が
部下を観察することができない場合がある(上司が部下と離れていることも多い)。
●実際にその行動を観察できる人間に回答を行なってもらわざるを得ず、同僚·部下、取
引先などが観察する仕組みを取り入れるようになってきている。

(2)顧客満足度調査(CS)、従業員満足度調査(ES)のさらなる追求
●従来以上に顧客のニーズ、要望を満たすことが CS を高めるために重要になるとともに、
「働き方改革」にも見られるように多様な働き方への対応、従業員の満足度向上などへ
の対応が必要となっている。

(3)従来以上に公平な評価が求められるようになっていること
●成果主義の導入等に伴い、より評価に公平さを求めることになっている。
●日本型の終身雇用・年功序列制度の中では、評価者である上司の評価スキルは必ずしも
高くない場合があるため、上司以外の者からの視点が必要になってきている。

※「民間企業における多面観察の手法等に関する調査業務 報告書」(内閣府) https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/kanri_kondankai/pdf/h300606houkoku.pdfを加工して作成

多面評価を導入する対象層は管理職(特に課長層)がもっとも多い

多面評価を導入する階層としては、管理職層、特に課長層への導入が最も多くなっています。次いで多いのは部長層と、管理職前の主任・監督者層への導入です。最近は、経営幹部への導入や中堅層への導入など、導入する対象層の幅が広がっています。
課長層への導入がもっとも多い理由としては、テレワークが広がる中で、従来よりも、メンバーへの仕事の割り振りや進捗管理、メンタル面のサポートや動機づけ等の役割を果たすことが明確に求められてきていることが挙げられます。導入された企業の方々からは、「定期的に管理職に意識づけを行いたい」「自分で“できている”つもりでも、周囲からは“できていない”こともあることに気づいてほしい」などの声が寄せられています。

多面評価を効果的に使うポイントはフィードバックと共有

多面評価は、日ごろ一緒に働いている上司やメンバーからのフィードバックであるため、受検者本人にとっては非常にインパクトがあります。多くの企業で導入されていますが、評価(診断)結果のフィードバックは各社各様です。多面評価を定期的に実施していても、結果を人事から受講者本人に個別に送付するだけの場合は、受講者は結果をみても、なかなか自分事として向き合うことができず、そのまますぐにしまってしまうなど、あまり利用されずに、形骸化していくことがあります。多面評価を効果的に使うためには、対象者を集めてフィードバックを行い、結果から感じたことや日ごろの行動を振り返ってこれから変えていこうを思う事柄等を少人数で共有しあうことが大切です。多面評価の結果をみると、受講者は少なからず「こちらの気持ちを全然わかっていない」等とネガティブな気持ちになりやすいものです。そういうときに、結果から感じたことなどを少人数でシェアをすると、感情が安定します。その上で、自分のありたい姿を描きながら、そのために必要なものは何かを考え、伸ばしていくというよな、結果を受け止める環境づくりが大切です。

成長支援の方向性 気づきを行動の変容までうながす

■学ぶ環境づくり
多面評価で、自分のマネジメントの特徴や、仕事の進め方や関わり方の特徴に気づいたあとは、日ごとの行動を変えていくとともに、自分に足りない能力を自律的に学ぶ環境を整えることが有効です。「気づき」をそのままで終わらせず、行動の変容まで促すためには、職場で学べる環境づくりを行うことが効果的です。

■組織開発での支援
特に管理職向けに多面評価を行う場合、人事側ではマネジメントが適切に行われている職場と、うまく行われていない職場がわかります。周囲の評価が高い場合は、効果的にマネジメントが行われている場合と、仲がよいだけという場合があります。逆に評価が低い場合は、マネジメントが機能していない場合と、周囲の期待値が高すぎる場合などがあります。人事側では多面評価の結果をその管理職の置かれている状況とあわせて分析し、マネジメント上サポートが必要な人を見極めて、効果的に介入することができるようになるといえます。

まとめ フィードバックを活用し、経験学習力を高める

経営環境の変化が激しい時代、めざす方向性自体も自分で考える力が求められたり、組織のマネジメントにおいても、テレワークなど働き方が大きく変わるなかで、改めて社員一人ひとりがリーダーシップを発揮することが求められています。JMAMが行った「管理職経験学習調査」において、管理職として活躍していくためにはフィードバックを受け止めて自分の成長のために活用できる力(フィードバック活用力)が重要であることがわかりました。多面評価は、周囲の人たち(上司・同僚・部下)への影響力の発揮状態を確認するために有効です。これからは管理職だけではなく、特に、若いときから多面的にフィードバックを受け、その都度自身と向き合って、より効果的な行動へと自分の行動を変えていく経験を積むことも成長を促進させることにつながるといえます。