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「知・経験のダイバーシティ」を
結果につなげるには前編

谷口 真美

早稲田大学商学学術院 早稲田大学大学院商学研究科 教授
経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会」委員

人的資本経営を実現するうえで欠かせないのが、人材の「知・経験」のダイバーシティを活かすという観点です。
ダイバーシティ&インクルージョンにおける日本企業の弱点や、どんな人材をどのように活かすといいのかについて、ダイバーシティ経営の専門家として「人的資本経営の実現に向けた検討会」に参加した谷口真美氏(早稲田大学商学学術院教授)に聞きました。

写真=谷口真美氏提供、PIXTA

目次

イノベーションを起こし、変化に迅速に対応するために

Q先生は経済産業省の「人的資本経営の実現に向けた検討会」に委員として参加されました。この検討会では、特にダイバーシティ&インクルージョン(以下D&I)の観点では、何が主に議論になったのでしょうか。

谷口 真美(以下敬称略)

まず、「人的資本経営の実現に向けた検討会」(以下「検討会」)の報告書である「人材版伊藤レポート2.0」にはダイバーシティに関連して、以下のような言及があります。

中長期的な企業価値向上のためには、非連続的なイノベーションを生み出すことが重要であり、その原動力となるのは、多様な個人の掛け合わせである。このため専門性や経験、感性、価値観といった知と経験のダイバーシティを積極的に取り込むことが必要となる。

この「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」の定義は、前回の「人材版伊藤レポート」(2020年9月公表の、『持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会』の報告書)から出ているものです。「人材版伊藤レポート2.0」において「人材戦略に求められる5つの共通要素」のうちの1つです()。「5つの共通要素」は、①「動的な人材ポートフォリオ」の構築のみならず、多様な個人ひとりひとりや、チーム・組織が活性化されていなければ、生産性の向上やイノベーションの創出にはつながらないという観点から、②「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」が、③「リスキル・学び直し」、④「社員エンゲージメント」とともに挙げられています。更に⑤「時間や場所にとらわれない働き方」も追加されました。

図 「人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素」

多くの企業はこれまでダイバーシティと言いながら、性別、たとえば女性の比率や管理職比率、年齢や国籍などの人口統計学上の属性区分に基づいた採用や登用の状況を対外的に公開してきました。しかし、人的資本に投資をして、企業として価値を創造していくためには、そうした属性区分(私はこれを「表層のダイバーシティ」と呼んでいます)よりも「知・経験」―専門性や経験、感性、価値観など(同、「深層のダイバーシティ」)に目を向け、活かすための投資をし、戦略と結びつけていくことが重要です。

そういったこともあって検討会では、性別・年齢や国籍といった従来の属性区分以外にも目を向けることの必要性が、議論されました。

これまでの新卒一括採用を経た内部昇進者以外の人材を、ただ採用するだけではなくて、活かして価値創造につなげ、結果を出すために何ができるか、ということです。実際、人材版伊藤レポート2.0には、そのための方法が様々に書かれています。知・経験のD&Iとしては、どうやって人材の能力発揮のモニタリングをするか、課長やマネジャーにどのようにマネジメント方針の共有を行うか等々について記載されています。

なお、キャリア採用としてのアルムナイ(元社員やその復職制度)は、「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」の要素としてではなく、「経営戦略と人材戦略を連動させるための取組」の中の「サクセッションプランの具体的プログラム化」の中の有効な工夫の1つとして議論が行われました。また、「動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用」における「将来の事業構想を踏まえた中期的な人材ポートフォリオのギャップ分析」における有効な工夫の1つとして、取り上げられました。

その他、博士人材等の専門人材の積極的な採用や博士課程の学生やポスドク人材との連携、活かし方、外部人材との協働などのオープンイノベーションに関連した話が主に出ていました。

議論の背景にあった主な問題意識は、日本企業がこうした、終身雇用を前提とする新卒一括採用などとは異なる経歴・経験を持つ人を即戦力として活かせておらず、非連続なイノベーションにつながらないこと、そして変化への対応が遅いということです。この弱点がROE(自己資本利益率)やROIC(投下資本利益率)に影響し、株価に基づく企業価値向上にもつながっていません。

キャリア採用者・博士人材等の専門的人材を活かすには

Qキャリア採用者や博士号保有者について、特にどんな点が見過ごされがちなのでしょうか。

谷口

イノベーションを考えたときに、博士号取得者に限らず、大学院や大学で最先端を学んだ専門性人材をいかに速く効果的に活かすかということが問われます。キャリア採用者に対しても、結果が出せなかった際に、「やっぱり中途の人はうちの風土に合わない」などと言って済ませてしまう。そういう同調圧力を排して、人材の異質性を活かすかたちでもっと活躍してもらい、イノベーションの実装に結びつけるにはどうすればいいのかを考えて、手を打たなくてはなりません。

Qアルムナイについては、検討会でどんな議論が行われましたか。

谷口

検討会では、人材の流動性を高めるという意味で、アルムナイは非常に価値のある人材である、ということが議論されていました。本検討会の議論では、アルムナイとは、自社での勤務経験があり、他の企業等の、もう1つ別のフレームで知・経験を培い自社に再入社した人材です。一度、辞めてもまた戻りたいというコミットメントがあり、目的意識を持ち、貢献したいポイントが明確にあることが期待できる。アルムナイの採用、アルムナイネットワークが機能しているという事例の共有もありました。

残念ながら、いったん出ていった人と仲良くしてはいけない、といった純血主義的な雰囲気のある日本企業もまだまだ多いようです。しかし、アルムナイは実は宝と言いますか、特に大切にしたい人材のプールです。

Q博士号取得者については、どんなことが議論されたのでしょうか

谷口

日本企業では、Ph.D.ホルダーやラボ(研究所・研究職)人材を採用したりプロジェクトに加えたりした場合、イノベーションに結びつけるスピードが遅いという意見も提起されていました。こうした人たちの専門性を、配属後すぐに活かす環境や条件等が整えられておらず、人材の異質性を効果的に活かせない状況を、どう変えていくのかという話です。

そのためには、職場風土はもちろんですが、その基盤である人事制度と運用を変えなくてはなりません。現状の多くの日本企業の人事制度では、秀でた人を、ある程度の給与で外部から引っ張ってくるというようなことがなかなか難しい。人事制度が例外を嫌うからです。処遇の格差に敏感な職場では公平性が社内のモチベーションの支障になっています。

Q人事制度に柔軟性を持たせる必要があるということでしょうか。

谷口

はい。従来型の人事制度の枠を超えるという意味で柔軟性が必要でしょう。優秀な人を、ある程度の給与で採用し、その人たちにエンゲージメントが高まる仕事を与え、異質な人材と協働して結果を出せるような仕組みにしていく必要があります。

谷口 真美(たにぐち まみ)

早稲田大学商学学術院 早稲田大学大学院商学研究科 教授

1996年神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了、博士(経営学)取得。
広島経済大学経済学部経営学科専任講師、同助教授、広島大学大学院社会科学研究科マネジメント専攻助教授、早稲田大学大学院商学研究科准教授を経て、2008年4月より現職。
2013年8月より2015年3月まで、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院研究員。
著書に『ダイバシティ・マネジメント-多様性をいかす組織』(白桃書房)など。

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