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  • 対象: 人事・教育担当者
  • テーマ: マネジメント
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人的資本経営とは?求められる背景から取り組み方まで詳しく解説

人的資本経営とは?求められる背景から取り組み方まで詳しく解説

人的資本経営とは、人材を「資本」と捉え投資の対象とし、企業価値を高めていく経営手法です。企業に対する人的資本の情報開示要請が強まるなか、世界中で注目が高まっている人的資本経営。企業価値を高める経営手法として重要視されつつあるものの、従来の経営スタイルとは何が違うのか、具体的にどう取り組んでいけばよいのか分からず、頭を悩ませている企業担当者も多いようです。

この記事では、人的資本経営が求められる背景や人材戦略に必要な視点・要素から、情報開示を巡る国内外の動きや人的資本経営の取り組み方まで詳しく解説します。今の時代に必要な経営スタイルを理解し、人的資本経営への取り組みを進めていきましょう。

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人的資本経営とは?

人的資本経営とは、従業員が持つ知識や能力を「資本」とみなして投資の対象とし、持続的な企業価値の向上につなげる新しい経営の在り方です。

外部環境の変化に対応し企業価値を高めるためには、人材を「コスト」や「資源」ではなく「投資対象の資本」として捉え、人材の価値を引き出す経営スタイルが不可欠です。また、人的資本に関する情報は「企業の将来性を判断する指標」として、投資家などのステークホルダーが情報開示を強く求めています。

これからは人的資本経営への取り組みと、人的資本の情報開示がますます重要視されていくでしょう。

従来の経営との違い

従来の経営と人的資本経営の特徴は以下の通りです。

人材版伊藤レポート2.0 変革の方向性

※経済産業省『人的資本経営の実現に向けた検討会報告書 人材版伊藤レポート2.0』を加工して作成
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf

●従来の経営:人材=「人的資源」、相互依存、囲い込み型
●人的資本経営:人材=「人的資本」、個の自律、選び選ばれる関係

大きな違いとして、従来の経営は人材を「資源」として捉えているのに対し、人的資本経営では人材を「資本」とみなしていることが挙げられます。また、従来は年功序列や終身雇用による人材の囲い込みが起きていましたが、人的資本経営では組織と人材が互いに選び合う自律的な関係へと変革しています。さらに、人的資本経営では人的資本を正確に測定しなければなりません。これまでは勘や経験に頼っていた部分も、今後は人材データを効率的に収集し、数値に基づく客観的な意思決定を行うようになるでしょう。

※参考:経済産業省『人材版伊藤レポート2.0』
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf

その他の資本との違い

人的資本は「無形資本」(無形固定資産)にあたり、従業員の能力や経験といった「形のない資本」です。その他の無形資本には、著作権やノウハウなどの「知的資本」、再生可能・不可能な環境資源である「自然資本」などがあります。

一方、形のある「有形資本」としては、株式や借入などの「財務資本」、建物や設備などの「製造資本」が挙げられます。米国や英国では無形資本への投資が有形資本を上回るなど、近年は形のない資本を重要視する動きが強まっています。

人的資本経営が求められる背景とは?

人的資本経営が求められる背景には以下が挙げられます。

ESG投資の浸透

ESGとは、Environment (環境)、Social (社会)、Governance (ガバナンス) の頭文字をとったものです。ステークホルダーが企業を評価する観点として重要視している要素であることから、近年ESG投資に取り組む企業が増えています。

人的資本は「社会」と「ガバナンス」に含まれ、人材への投資状況が企業の成長性を評価する判断ポイントとなっています。そのため投資家から人的資本情報開示の要請が高まっており、企業は人的資本経営を行い、人的資本情報を積極的に開示することが求められています。

人材・働き方の多様化

外国人従業員や非正規雇用の増加など、企業の人材構造に変化が生じていることも人的資本経営が重要視される要因となっています。

人材・働き方が多様化するなか、従来の画一的な人材管理では限界を迎えつつあります。こうした状況下において、一人ひとりの事情や状況に合わせた働き方で「個」を活用し、それぞれの価値を最大限に引き出していく人的資本経営が求められているのです。

人的資本経営の探究

人材版伊藤レポートからみる人的資本経営

人材伊藤版レポートとは、経済産業省が公表している「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の通称です。持続的な企業価値の向上に向けて、経営戦略と連動した人材戦略をどう実践するかという点についてまとめられています。

ここでは人材版伊藤レポートより、人的資本経営を進めるための人材戦略に必要な視点と共通要素について解説します。

人材戦略に必要な3つの視点(3P)

人材版伊藤レポートでは、人材戦略に必要な視点として以下の3つを挙げています。

●3つの視点(Perspectives)
1.経営戦略と人材戦略の連動
2.As is-To beギャップの定量把握
3.企業文化への定着

まずは経営戦略の実現を支える人材戦略を構築・実行すること、そして現状とのギャップを定量的に把握した上で定期的に見直しを行うことが大切です。

人材の「As is-To beギャップ」を把握するためには、従業員のデータを迅速に収集できるよう、あらかじめ人事情報基盤を整備しておく必要があります。

また、新たな人材戦略を企業文化へと定着させるには、経営トップが自ら積極的に発信し、直接従業員と対話することが有効とされています。

人材戦略に必要な5つの共通要素(5F)

人材版伊藤レポートでは、人材戦略に必要な共通要素として以下の5つを挙げています。

●5つの共通要素(Factors)
1.動的な人材ポートフォリオ
2.知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
3.リスキル・学び直し
4.従業員エンゲージメント
5.時間や場所にとらわれない働き方

どの企業の人材戦略にも共通して取り入れるべき要素として、経営戦略の実現に向けて必要な人材ポートフォリオを策定すること、個人・組織を活性化するためにD&Iやリスキルを促進し、従業員が主体的・意欲的に業務に取り組む環境を整備することが挙げられています。

また、多様化する人材や働き方への対応、さらに事業継続の観点からも、従業員がいつでもどこでも働ける環境をつくることが求められています。

人的資本の情報開示を巡る国内外の動き

人的資本の情報開示にはどのような動きがあるのか、欧米・日本に分けてそれぞれ解説します。

欧米の動き

人的資本情報を開示する動きは、日本に先駆けて欧米で広まりました。

2018年12月、国際標準化機構より「ISO30414」が策定され、欧州の一部企業ではISO30414に基づく情報開示が始まりました。ISO30414とは、人材マネジメントの11領域について58の測定基準(メトリック)が示された、人的資本情報開示のガイドラインです。

さらに2020年8月には、米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対し、人的資本の情報開示を義務化しました。

日本の動き

日本では2020年9月に経済産業省が「人材版伊藤レポート」を公表し、それを皮切りに人的資本情報開示の重要性が日本国内でも広まりました。

2021年6月には、上場企業が遂行すべき企業統治のガイドライン「コーポレート・ガバナンスコード」を改訂。改訂版コーポレート・ガバナンスコードでは、新たに「人的資本に関する開示・提示」と「取締役会による実効的な監督」が追加されています。
さらに2022年は、人的資本情報開示の参考とすべき指針について、政府による発表が予定されています。開示が望ましい経営情報19項目について、「価値向上」「リスク管理」「独自性」「比較可能性」の4つの基準で分類し開示を求めるとのです。
金融庁が2023年度にも、有価証券報告書に記載することを義務付ける項目もあるため、企業は引き続き対応が必要となります。

「人的資本可視化指針」の策定

※2022年9月1日追記
令和4年8月30日、内閣官房より「人的資本可視化指針」が発表されました。
本指針によると、人的資本の可視化は以下の方法によって進められることが望ましいとのことです。

1.可視化において企業・経営者に期待されることを理解する

2.人的資本への投資と競争力のつながりの明確化

3.4つの要素(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)に沿った開示

4.開示事項の類型(2類型/独自性・比較可能性)に応じた個別事項の具体的内容の検討

参照)内閣官房「人的資本可視化指針」https://www.cas.go.jp/jp/houdou/20220830jintekisihon.html

「人的資本可視化指針」における4つの要素とは

サステナビリティ関連情報の分野では、気候関連財務情報の開示フレームワークであるTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)提言において推奨されて以来、投資家にとって馴染みやすい開示構造となっている以下の4つの要素に沿って開示することが効果的かつ効率的だとされています。

  • ガバナンス
  • 戦略
  • リスク管理
  • 指標と目標

有価証券報告書の開示義務

※2023年3月2日追記
令和5年1月31日、内閣府令の施行により有価証券報告書における開示義務が決定しました。

これにより、上場企業は以下のとおり、人的資本、多様性に関する開示が必須になります。

人材の多様性の確保を含む人材育成の方針や社内環境整備の方針及び当該方針に関する指標の内容等について、必須記載事項として、サステナビリティ情報の「記載欄」の「戦略」と「指標及び目標」において記載を求めることとします。
 また、提出会社やその連結子会社が女性活躍推進法等に基づき、「女性管理職比率」、「男性の育児休業取得率」及び「男女間賃金格差」を公表する場合には、公表するこれらの指標について、有価証券報告書等においても記載を求めることとします。

参照)「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について
(https://www.fsa.go.jp/news/r4/sonota/20230131/20230131.html)

義務が発生する適用時期は、「令和5年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用」とのことで、来期から開示義務が発生します。

望ましい開示とは

内閣府令では、「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」について、開示義務と望ましい開示に向けた取組みの記載があります。なかでも、「人的資本、多様性に関する開示」についての望ましい取組みは以下の通りです。

  • 「戦略」と「指標及び目標」について、各企業が重要性を判断した上で記載しないこととした場合でも、当該判断やその根拠の開示が期待されること
  • 「女性管理職比率」等の多様性に関する指標について、連結グループにおける会社ごとの指標の記載に加えて、連結ベースの開示に努めるべきであること

つまり、ただ定性的な記載や定量的な結果だけを提示するのではなく、戦略に基づいた根拠のある指標と目標やその進捗について、具体的な情報を記載することが求められます。

人的資本経営への取り組み方

最後に、企業は人的資本経営にどう取り組んでいけばよいのか、具体的な進め方を以下にまとめました。

経営戦略と人材戦略を連動させる

人的資本経営を行うには、経営戦略に基づいた人材戦略の策定が必要です。

たとえば自社のDX(デジタルトランスフォーメーション)が課題となっている場合、人材戦略としてはデジタル人材の確保・育成を進めていく必要があります。このように経営課題と人材戦略課題はつながっているため、まずは自社の経営における優先課題や目指すべき姿を明確にし、それを基に人材戦略を構築していくことが重要です。

目指す姿と現在の姿のギャップを把握する

自社が目指す姿(To be)を設定したら、現在の姿(As is)と比較しどのくらいのズレや違いがあるのか、そのギャップを可能な限り定量的に把握します。

外部環境が激しく変化する現代においては、策定した人材ポートフォリオと現状のギャップが大きくなりやすいといわれています。この後の施策の考案・実行につなげていくには、前段階としてギャップを把握しておくことが不可欠です。

ギャップを埋めるための施策を考案する

現状とのギャップを把握したら、目指す姿に近づけるには何をすればよいのか、ギャップを埋めるために必要な施策を考案していきます。施策の一例としては教育投資や待遇改善、採用などがあり、施策を「投資」として捉えること、経営戦略の目標(目指すべき姿)から逆算して考えることがポイントです。

施策を実行し効果検証する

施策の精度を高めるポイントは、「Plan(計画)」「Do(実行)」「Check(評価)」「Action(改善)」のPDCAを回すことです。施策実行後は定期的にモニタリングし、施策による変化や目標到達度を把握しましょう。効果検証で得たデータは施策の見直しや改善に活用し、より効果的な施策の考案・実行へとつなげていくことが大切です。

また、こうした取り組みを継続的に行うためには、データを継続的に収集し、リアルタイムでアクセスできる仕組みの構築も重要です。人事データの収集、計測、活用が正しく行えるよう、BI、AIツールの導入等も検討してみるとよいでしょう。

まとめ

人的資本経営とは、人材を「資本」とみなして投資し、その価値を引き出す経営スタイルです。従業員の能力・経験といった形のない人的資本は、投資家が企業の持続可能性を判断する指標として重要視しており、国内外で人的資本情報を開示する動きが加速しています。

人的資本経営に取り組むには、経営戦略に基づいて配置された人的資本の構成「人材ポートフォリオ」が重要です。人材ポートフォリオを策定するには、まずは自社人材の分析・可視化が欠かせません。

株式会社日本能率協会マネジメントセンターは、1979年より企業向けにさまざまな人事・人材教育に関するプログラムを実施している歴史ある会社です。人材ポートフォリオの策定に不可欠な人材分析・可視化に関するご相談は、日本能率協会マネジメントセンターまでお気軽にお問い合わせください。

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