導入事例

事例紹介 日本信号株式会社

事例詳細

テーマ CSR・コンプライアンス / 人事制度の設計・運用 / 学習する風土づくり
対象 管理者 / リーダー・監督者 / 中堅社員 / 新人・若手社員

日本信号株式会社

鉄道や道路の信号システムで知られる日本信号。“交通の安全を守る”という理念を実現するため、同社が求めるのは、高い専門性と人間性を兼ね備えた人材だ。このような人材を育てるために、同社では、自己啓発や昇格時の教育に通信教育を導入し、主体的に学ぶ風土づくりに力を入れている。
東 義則氏 執行役員 人事部長
加藤雅一氏 人事部 自啓塾 塾長
取材・文/赤堀たか子
写真/日本信号提供、本誌編集部
※掲載している内容は取材当時のものであり、一部変更が生じている場合がございます。

めざす人材像は安全を守る専門性と人間性

日本の都市では数分おきに電車が運行されることが当たり前になっている。世界でも稀な日本の過密ダイヤを支えているのは、日本信号が開発・製造する運行制御システムだ。
日本信号は、1928年、鉄道の電気信号、機械信号、分岐器の保安装置製造を目的に、三村工場、塩田工場、鉄道信号株式会社が統合して設立された。以来、鉄道向け信号システムを中心に、道路信号や駐車場管理システム、空港の出入国ゲートなど、鉄路・道路・空路の3分野で事業を展開している。
同社が最も重視しているのが “安全”だ。東義則 執行役員人事部長は次のように語っている。
「顧客である鉄道事業者から求められるのは、やはり第一に“安全”です。実際に、弊社の設計部門が採用している『フェールセーフ』という考え方もそうです。機器のどこにどんな故障が起きても、安全側(列車でいえば停止)の動作しかしないようにする技術です。さらに、第二、第三の制御を働かせ、決して事故には結びつけないようにしています」
 安全を担保する専門技術、安全の大切さを理解できる豊かな人間性・コミュニケーション――日本信号は2つの要素を兼ね備えた人材を育てようとしてきた(図表1)。
その際、特に重要とされているのが、自ら主体的に学び、考えるということだ。この精神は、能力開発部門(研修施設)の名称「自啓塾」にも現れている。 図表1 日本信号が理想とする人材像とその育成 日本信号が理想とする人材像とその育成 もっと見る

自ら学ぶ人を育てる「自啓塾」

「自啓塾」は、当時社長だった西村和義会長による命名で、2007年に設立された。松下村塾が社会変革に挑んだ志士たちを育てたように、率先して自らを啓発する人材を育成することをめざしている。加藤雅一塾長は、次のように語る。
「各事業所での教育は、どうしても技術教育に偏りがちです。専門性だけでなく責任感や人間性を育むために、会社全体の教育をリードする部署が不可欠だったのです」
現在、自啓塾はもともと工場のあった与野市(現さいたま市)に4教室体制で運営されており、部署の違う社員同士が思っていることをぶつけ合える場になっている。
「研修のカリキュラムの中で参加者同士のディスカッションの時間を多くつくるようにしています。そのせいか、社内の課題を提起する場にもなっています」(加藤氏)
また独自で研修施設を持っているメリットとして、加藤氏は他にも感じているところがあるという。
「自啓塾ができる以前は、単発の社外セミナーに社員を派遣することがほとんどでした。社外セミナーの場合、異業種交流などを通じた新たな気づきが得られるという良さがあります。その反面、学びがその場限りで終わってしまうことが多く、定着という点で課題がありました。人間性のようなテーマの場合は、“しつこく、しつこく教える”ことでしか育むことは難しいものです。自啓塾があることで連続したテーマの研修を組むことができる点はメリットですね」(加藤氏) 「自啓塾」 もっと見る 入口に掲げられたプレートは、自啓塾を創設した 西村和義会長が揮毫した。

環境意識の高まりに合わせ社員の半分がeco検定取得

自啓塾は研修やeラーニングなど多くの学習メニューを用意しているが、通信教育が160講座と最もメニューが多い。技術士や電気施工管理士といった、業務に直接関係するものだけでなく、「新聞の読み方」、「心理学」、「見える化」など、テーマは多彩だ。
通信教育全体の受講者数は600名(2011年度)ほどで、増加傾向にある。また、通信教育を修了した人は受講者の70%程度であり、そのうち約7割が受講費の全額補助を受けられる優秀修了者だという。特に、技術部門の人たちが積極的な学習姿勢を見せている。
「忙しい仕事の合間を縫って、毎年コンスタントに受講している人が技術職には多いですね。中には、通信教育で受験対策の勉強をし、毎年のように、新しい国家資格を取得している人もいます」(東氏)
一方、テーマによっては、あえて会社から積極的な受講を働きかけたケースもあった。eco検定の受験は、その代表例だ。
「社会の環境意識の高まりによって、当社も省エネなど環境問題への取り組みが求められています。長期経営計画に環境視点が盛り込まれたほどで、まず環境についての知識を増やそうと、事業所を挙げてeco検定に取り組むことにしました。その時私は事業所にいたのですが、通信教育の中にeco検定の受験対策コースを見つけたのを覚えています」(東氏)
こうした取り組みによって、eco検定の受験準備コースは近年、最も受講者数が多いコースになった。検定の合格者数もすでに632名に達しており、全社員の半数を占めるまでになっている。同社では、今後、年度ごとに目標を引き上げていき、2014年度には全社員の80%まで合日本信号格者数を増やしたいとしている。 運行管理システム 運行管理システム もっと見る 改札機 改札機 もっと見る

会社独自の社内教本で現場のOJTを支援

通信教育に加え、自啓塾では『社内教本』による自主的な学習の促進にも努めている。
現在は52講座が用意されているが、社内教本の活用で、職場教育(OJT)の効果が以前より上がっているという。
「以前の技能教育は、OJTと技術部門が集まる勉強会が中心でしたが、ある時、社員から『自分のペースで学びたい』という声があったため、独自の技術的ノウハウを教本にし、学習ツールとして用意するようにしたのです」(加藤氏)
「列車検知」「ATSとATC」など同社独自の知識や技術が数多くテキスト化され、社員はイントラネット上のテキストを印刷し、自主学習に活かしている。

人事制度改革の際に通信教育を組み込む

さて、ここまで自啓塾がリードしてきた、日本信号の自己啓発制度について触れてきた。ここからは、通信教育が日本信号の人事体系にどのように組み込まれているのかを見てみよう。
 同社が昇格要件として通信教育を導入したのは、1996年に人事制度を一新したのがきっかけだ。
「それまでは、いわゆる年功序列型の昇格制度しかありませんでしたが、多様化するキャリアプランに対応できるよう、複線的な昇格制度に改めました。ラインを一般職、総合職、専門職の3つに分け、同時に給与体系と昇格基準を改めました。各職位に求められる役割や能力を明確に定義づけ、通信教育も昇格制度の中に組み込みました」(東氏)
日本信号では信号制御システムを納品するまでに、最初の設計段階からおよそ3年はかかるという。計画的に製品づくりに当たる日本信号に、じっくりと学べる通信教育が合っていたのかもしれない。
「新しい昇格制度を導入した当初、受講対象者が多かったため、一度に多くの人に受講してもらえる通信教育は最適でした。自分のペースで学べ、必要な時に見直しもでき、添削指導も受けられます」(加藤氏)
「技術」の会社である日本信号らしく、計画性と自己管理力が求められる通信教育が評価されたのだ。

選択必修制度で多様な専門性をカバー

そして、同社の昇格制度では、昇格候補者が複数の通信教育講座から自分のキャリアに適した講座を選べる仕組みにしている。
日本信号では、中間指導職のS5からS6(係長)に昇格する際と、S7から管理・専門職のM8(課長)に昇格する際に、通信教育コースの受講を義務づけている(図表2)。 図表2 日本信号の教育体系 日本信号の教育体系 もっと見る ※すべてのカリキュラムについて年度ごとに見直しを行い、内容改訂、改廃を行っています。

当初、M8(課長)へ昇格する際の受講科目は、管理者向け基本コースに限定していたが、専門職志望者もいるため、生産技能検定関連のコースを追加した。そして、S6(係長)への昇格者には、より多くの選択肢から選んでもらえるよう、9つのコースを用意している。
卓越した技術によって大きなシェアを獲得している同社らしい、専門性重視の昇格者教育といえよう。
また東氏によると、日本信号の昇格教育には別のねらいもあるという。昇格した後の管理者ではなく、昇格前の人たち全員に受けてもらっているのだ。
「昇格条件が整った全員に通信教育を受講してもらうようにしています。昇格のチャンスを平等に与え、本来の『選抜』という目的だけでなく、中間管理職のモチベーション維持にもつなげたいと考えたからです」
昇格前に受講してもらうことによって、昇格後は即座に管理職・指導職としての役割を発揮してもらうことができるのだ。

グローバル化に向けた今後の自啓塾

日本信号が求める高い専門性と優れた人間性は一朝一夕には育たない。コスト削減の観点から研修施設を手離す企業が増える中、同社では、あえて自啓塾を立ち上げ、専用の研修施設で人材育成に取り組んでいる。これは「安全」な製品づくりを実現できる人材をじっくり育てたい、という姿勢の表れに他ならない。
ただ、市場で大きな地位を確保してきた日本信号でも、“グローバル化”という新しい人材育成課題に直面している。
「当社では台湾、中国をはじめとしたアジア諸国での受注も出てきており、技術部門、品質管理部門はいずれも現地業務が求められるようになりました」(東氏)
自啓塾でもすでに対策は打ちつつあり、ネイティブの中国語講師によるオンラインレッスン制度を導入し、さらに教育体系全体の見直しも検討しているそうだ。
グローバル競争は同社にもますます大きな影響を与えるだろう。日本信号と自啓塾が、日本企業のモデルになってくれることを期待したい。

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2012年度

プロフィール

会社名 日本信号株式会社
主要事業 1928年設立。「安全と信頼」に関する卓越したテクノロジーを駆使し、鉄道の分野ではATC(自動列車制御装置)、道路交通の分野では交通信号制御システムなどを開発・販売している。
資本金:68億4,600万円、売上高:845億300万円、従業員数:連結2,955名、単体1,243名(2012年3月現在)
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