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  • テーマ: ビジネススキル
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企業が陥る新規事業開発の罠とは?両利きの経営を実現するためのポイントを解説

企業が陥る新規事業開発の罠とは?両利きの経営を実現するためのポイントを解説

「新規事業開発」はなぜ思うように進まないのか。それはアイデアの質ではなく、既存事業の成功がイノベーションを阻害する「罠」にあります。この構造的課題を克服し、持続的成長を遂げるために欠かせないのが「両利きの経営」の考え方です。
本記事では、この「両利き」を実現し、未来の収益の柱を育てるための具体的なポイントを解説します。加えて、新規事業につなげていくための組織づくりや経営がコミットするべきことについても考えていきます。

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変化の激しい時代、既存事業だけでは生き残れない現実

現代の経営環境は、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った「VUCA」という言葉で表現されます。新型コロナウイルスのパンデミックや、地政学的リスクの増大、そして破壊的なテクノロジーの登場は、もはや例外的な出来事ではなく、私たちが向き合うべき「ニューノーマル」となりました 。

2000年代以降のビジネストレンドの変遷を振り返ると、その変化の速度は劇的に加速しています。2000年代のIT化、2010年代のクラウド化、2020年代のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進という流れを経て、2023年以降は生成AIがビジネスの前提を根底から覆し始めています 。このような環境下では、過去の成功体験や既存事業の競争優位性が、かつてないスピードで陳腐化していきます。

この現実を裏付けるように、新規事業開発に関するコンサルティング市場は、2023年から2029年にかけて約2倍以上に拡大すると予測されています 。これは、多くの経営者が自社だけではこの変化に対応しきれないという危機感を抱き、外部の知見を取り入れてでも新たな成長の道を模索しなければならないと考えていることの明確な証左です。

もはや、経営の主眼は、既知の事業モデルの中で「効率性」を追求することだけでは不十分です。未知の未来に適応するための「変化対応能力」を組織に実装することが、経営者の最も重要な責務となっています。それはつまり、既存事業を効率的に運営しながら、同時に未来の事業を創造するという二つの異なる活動を両立させることに他なりません。新規事業開発は、もはや選択肢ではなく、企業の生存と持続的成長に不可欠な経営戦略そのものなのです。

新規事業開発がもたらす経営上のメリットとは

新規事業開発への戦略的投資は、単なる売上増加に留まらず、新たな収益の柱の構築、企業価値の向上、そして組織の未来創造といった、長期的かつ多岐にわたる経営上のメリットをもたらします。成功企業の事例は、その具体的な効果を物語っています。

その代表格が、富士フイルムです。写真フィルム市場の消滅という存亡の危機に直面した同社は、自社のコア技術を徹底的に棚卸ししました。写真フィルムで培ったコラーゲン、抗酸化、ナノテクノロジーといった技術資産が、写真のためだけのものではなく、人間の肌や健康に応用できる普遍的な価値を持つことを見抜いたのです 。この深い自己分析に基づき、化粧品ブランド「アスタリフト」や医療機器事業へと大胆なピボットを敢行。「第二の創業」として全社を挙げて取り組んだ結果、これらの新規事業は同社の収益を支える太い柱へと成長しました 。これは、競合であったコダックがデジタル化の波に乗り遅れ経営破綻したのとは対照的な結果であり、事業ポートフォリオ変革の重要性を示唆しています 。

同様に、キヤノンは自社の強みである画像処理技術を医療分野に応用し、メディカル事業を新たな成長ドライバーとして確立しました 。また、JR東日本が開発した交通系ICカード「Suica」は、単なる改札システムから、巨大な決済プラットフォームへと進化を遂げ、今後の発展可能性を秘めた事業として注目されています 。

これらの事例に共通するのは、新規事業が単に目先の利益をもたらすだけでなく、企業の将来性や成長ポテンシャルを市場に見出すことで、企業価値そのものを向上させている点です。投資家は短期的な利益以上に、企業が未来を創造する能力を評価します 。新規事業への挑戦は、未来のキャッシュフローへの期待感を醸成し企業価値に直接的に貢献していくものになります。

成功事例が示すもう一つの重要な示唆は、ゼロからはじめるのではなく、自社が持つ独自の技術やノウハウ、顧客基盤といった「見えざる資産」に深く根差しているということです。求められる姿勢は、外部に流行りの事業アイデアに飛びつく前に、まず自社の内部を深く洞察し、「我々の本当の強みは何なのか?」を再定義することです。そして、その強みを新たな市場の文脈で捉え直すことで、他社には模倣できない持続的な競争優位性を築くことができるのです。

出典:
Part 1 フィルム事業から化粧品事業への転換 | 開発の軌跡 | ASTALIFT-アスタリフト公式ブランドサイト | FUJIFILM
https://ls-jp.fujifilm.com/astaliftbrand/contents/development-story-of-white-jelly-aquarysta/conversion-to-cosmetics/
キヤノン株式会社メディカルグループ事業説明会
https://global.canon/ja/ir/conference/pdf/event2025med-j-note.pdf
鉄道事業・生活サービス事業・Suica事業に関わるビジネス戦略 | 仕事を知る | 新卒採用 | JR東日本
https://recruit.jreast.co.jp/positions/strategies/

多くの企業が陥る「新規事業の罠」とは

多くの新規事業が失敗に終わる原因は、「アイデアの質が低い」ことよりも、むしろ、組織の構造的な欠陥、すなわち「新規事業の罠」に陥ってしまうことが大半です。この罠を理解し、回避することこそが、経営層が果たすべき重要な役割です。

イノベーションのジレンマという構造的課題

「イノベーションのジレンマ」は、この罠の核心を突いています。優良企業ほど、既存事業の主要顧客の声に耳を傾け、彼らが求める製品やサービスの改善(持続的イノベーション)に注力します。その結果、既存顧客が当初は求めないような、よりシンプルで安価な、あるいは全く新しい価値を持つ「破壊的イノベーション」を軽視、切り捨ててしまいます。場合によっては、気づかなかったということもあるでしょう。そして、その破壊的イノベーションが新たな市場を形成し、性能を向上させ、既存市場を侵食し始めたときには、既に対応が手遅れになっているのです 。かつて写真フィルム市場を支配したコダックがデジタルカメラに、あるいは日本の高機能な携帯電話メーカーがスマートフォンに市場を奪われたのは、この典型例であると言えます。

「両利きの経営」の欠如の先に

このジレンマを克服するための経営コンセプトが、「両利きの経営(Ambidextrous Organization)」です 。これは、企業が持続的に成長するためには、既存事業を深く掘り下げる「知の深化(Exploitation)」と、新しい知識や機会を探索する「知の探索(Exploration)」を、同時に追求する必要があるという考え方です。

しかし、多くの企業では、この「両利き」が実践できていません。具体的には、以下のような失敗パターンに陥りがちです。

評価基準の誤適用

既存事業の評価指標(短期的なROIや利益率など)を、まだ収益化の目処が立たない「探索」段階の新規事業にそのまま適用してしまう。これにより、将来性のある芽が時期尚早に摘み取られてしまいます 。

組織文化の衝突

効率性や確実性を重視する既存事業の組織文化が、失敗を許容し、試行錯誤を前提とする新規事業の文化を窒息させてしまう。組織的に分離されていない場合、リスクを嫌う「企業の免疫システム」が新しい挑戦を拒絶します 。

経営層と現場の認識ギャップ

経営層は「今期中に事業化してほしい」と短期的な成果を期待する一方で、現場は「アイデアを形にする経験もスキルもない」と感じている。このギャップは、まさに「両利きの経営」が機能していないことの証左です。

成功事例:AGCの変革に学ぶ

ガラス事業の収益悪化に直面したAGC(旧旭硝子)は、まさに「両利きの経営」を実践することでV字回復を遂げました。島村琢哉CEO(当時)のリーダーシップのもと、ライフサイエンスやエレクトロニクスといった戦略事業領域を「知の探索」の対象として明確に定義。M&Aなども活用しながら、新たなケイパビリティを獲得しました 。最も重要だったのは、明確なビジョンを社内に浸透させ、挑戦や失敗を奨励する組織文化へと変革を断行したことです 。

これらの分析から導き出されるのは、新規事業の「敵」は、しばしば既存事業の「成功」そのものであるという事実です。既存事業を成功に導いたプロセス、評価制度、そして組織文化が、皮肉にもイノベーションにとって最も高い壁となるのです。したがって、新規事業の失敗は単なる「実行」の問題ではなく、経営の「構造」と「戦略」の問題であると認識することが、変革の第一歩となります。

出典:事業領域と事業戦略|AGC株式会社 新卒採用サイト
https://www.agc.com/recruiting/business/

経営判断の軸 維持・深化のマインドセット 成長・探索のマインドセット
失敗に対する姿勢 回避すべきコスト。ゼロを目指す。 貴重な学習データ。失敗から学ぶことを最大化する。
主要業績評価指標 (KPI) ROI、市場シェア、営業利益率 (短期) 学習速度、仮説検証回数、顧客エンゲージメント (先行指標)
資源配分の論理 予測可能なリターンに基づき、詳細な計画を要求。 少額から始め、学習の進捗に応じて段階的に追加投資 (許容可能な損失)。
時間軸 四半期・単年度 中長期(3〜5年以上)
人材評価の基準 既存プロセスの習熟度、効率性、ミスの少なさ。 挑戦意欲、学習能力、レジリエンス(回復力)、巻き込み力。

「事業開発」を成功させるために経営層がコミットすべきこととは

新規事業開発を掛け声だけで終わらせず、持続的な成長エンジンへと昇華させるためには、経営層による単なる予算承認以上の、深く、そして継続的なコミットメントが不可欠です。そのコミットメントは、大きく3つの領域に集約されます。

ビジョンを語り、挑戦を擁護する

経営者は、なぜ今、新規事業への挑戦が自社の未来にとって不可欠なのか、その戦略的意図を明確なビジョンとして社内外に繰り返し発信し続けなければなりません 。それは、企業の原点や創業の精神に立ち返ることで、より説得力を持ちます 。このビジョンが、不確実な道のりを進む現場チームにとっての羅針盤となり、既存事業からの抵抗や短期的な業績への懸念に直面した際の「伝家の宝刀」となるのです。

「両利きの経営」を実践する資源配分と評価

「知の探索」を担う新規事業部門には、既存事業とは全く異なるルールを適用することを、経営者自らが宣言し、制度として保証する必要があります。具体的には、短期的な収益性を問わない「聖域」としての予算を確保し、失敗を前提とした仮説検証プロセスを評価する仕組みを構築することです 。これには、結果が出るまで数年単位で待ち続ける「戦略的忍耐」が求められます。

心理的安全性の高い文化を醸成する

イノベーションは、社員が「こんなことを言ったら馬鹿にされるかもしれない」「失敗したらキャリアに傷がつく」といった不安を感じる組織からは生まれません。経営者は、現状維持をよしとせず、建設的な意見対立や「知的な失敗」を奨励する文化を自ら体現し、醸成する責任を負います 。社員が安心して挑戦し、失敗から学び、再び立ち上がることができる「心理的安全性」の高い土壌を育むことこそ、持続的なイノベーションを生み出すための最も確実な投資です 。

心理的安全性が高いだけではなく、パフォーマンスの高い組織・チームを醸成していくためには、感謝や称賛の行動、相互にフィードバックが頻度高く行われるための施策が重要です。

まとめ

経営者に問われているのは、「新規事業に投資する余裕があるか?」ではありません。「投資しないまま、未来を失うリスクを許容できるか?」です。変化が唯一の不変であるこの時代において、最大の経営リスクは「何もしないこと」に他ならないのです。

また、新規事業開発を進めていくと同時に、事業開発を担う人材の育成も重要です。

事業開発プロジェクトを担うリーダーやメンバーには、広範なスキルが高度なレベルで求められます。計画的なトレーニングと実践・挑戦の場を与えることで、事業開発を進められる高度な人材は育っていきます。

以下の資料では、新規事業開発における人材育成や組織開発の必要性とその線についてまとめています。気になる方はぜひダウンロードしてみてください。

事業開発を推進する 組織づくり

新規事業がうまれる人材育成のステップ

新事業の事業開発を推進していくためには、ヒトづくりや組織づくりが欠かせません。本資料では、新規事業を組織で自律的に進めていくための人材育成(イントレプレナー人材育成)や組織づくりについて解説しています。

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JMAM DX開発部プログラムデザインセンター編集部

文責:JMAM DX開発部プログラムデザインセンター編集部
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