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Learning Design 2018年09月刊

特集2│Chapter4│現場の対話を深めるために、人事ができること OPINION 対話と内省を深めるには スキルがなくても5分の習慣で 傾聴と共感のクセづけは可能

1on 1を通して一人ひとりの成長を支援するには、仕事を振り返り(リフレクション)、そこから学ぶ必要がある。
しかし、1on 1の場は進捗管理になりがちであり、振り返りや内省を促すことには困難が伴う。なぜ、1on 1は機能しづらいのだろうか。
その理由と、深い内省を起こす対話の方法、そして、現場支援のために人事ができることについて、内省や経験学習に詳しい松尾睦教授に聞いた。

profile
松尾 睦(まつお まこと)氏 

北海道大学大学院経済学研究科教授。1988年小樽商科大学商学部卒業。
塩野義製薬、東急総合研究所などに勤務のあと、東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程(人間行動システム専攻)、英国ランカスター大学経営大学院博士課程修了(Ph.D.in Management Learning)。
岡山商科大学商学部助教授、小樽商科大学商学部助教授・教授、神戸大学大学院経営学研究科教授を経て現職。

[取材・文]=吉峰史佳

1on1が機能しない理由

「内省」の難しさは、松尾睦氏の研究実践に表れている。

「OJT 指導の文脈なのですが、『育て上手の指導方法』を分析して作成したチェックリスト※があります。研修やセミナーを通して多くの方にチェックを入れていただきました。結果、『目標のストレッチ』『進捗確認と相談』『ポジティブ・フィードバック』といった他の項目と比べて『内省の促進』が低く出る傾向があることが分かりました。多くの現場で、日々の仕事を振り返って考えさせるリフレクションが促せていませんし、その重要性が十分に意識されていないといえるでしょう」(松尾氏、以下同)

上司が部下に対してリフレクションを促せない理由の1つは、日々のコミュニケーションがとれていないからだという。

「育て上手の人は、声かけが大事だと言います。声かけは、“あなたのことを気にしている”というサインだからです。そういうポジティブな声かけを行うことで関係性ができてきて、それがリフレクションの下準備となります」

組織学習の大家ドナルド・ショーンはリフレクションを「行為の中(reflection in action)」と「行為の後(reflection on action)」に行うものの2種類に分けている。前者は仕事の最中に行う、日々のコミュニケーションにあたる。後者は、まとまった仕事が終わった後に俯瞰して行うもので、1on1は後者にあたる。

「“あの仕事どう?”と声をかけると、“今○○に詰まっていますが、△△しようと思います”など気づきを促すことができます。このような声かけは“ 行為の中”のリフレクションにあたります。どんなに忙しくても、こうした“ちょっとした声かけ”ならできるのではないでしょうか」

※編集部注:チェックリストは松尾氏の書籍『職場が生きる 人が育つ「経験学習」入門』のp185に掲載されている。

“事実”と“感情”の語りが鍵

リフレクションとは何かを、もう少し具体的に知るためには、Gibbs(1988)の「リフレクティブ・サイクル」(図1)が参考になる。

リフレクティブ・サイクルはKolb(1984)の経験学習モデル(経験→内省→教訓→適用)を分解して詳しくしたものである。松尾氏が注目するのは、リフレクティブ・サイクルの最初、事実→感情→評価→分析にあたる部分だ。それぞれの項目を簡単に説明すると次のようになる。

「私たちは往々にして、“事実”と“感情”を抜かしがちです。『こんなことをしちゃダメだろう(評価)』『なぜこんなことをしたんだ(分析)』といきなり相手に詰め寄ってしまう。これでは一方的な説教です。まず当事者に“事実”と“感情”を語らせないといけません。たとえ同じ事実を同時に見たとしても、人によって認識は違いますから、本人が事実をどう認識しているかを語ってもらうことが大切です」

松尾氏は、訪問看護師(男性)の例を挙げる。あるとき、この看護師に対して女性の利用者からクレームがあった。だが本人は理由が分からないと言う。そこで、ケアマネジャーなど他職種の人を招き、関係者全員で事実の確認を行い振り返った。そのうえで男性は感じたことを述べ、参加者からフィードバックをもらった。結果、男性は当初「自分は悪くない」と考えていたが、改善すべき点を見つけることができたという。

「この看護師さんは『共感してもらったのが良かった』と話していました。人間は感情が中心にありますから、例えば、怒りがあると状況が見えなくなりますが、共感してもらうとクールダウンする。そこで初めて自身を俯瞰して見る『メタ認知』が可能になり、適切に評価・分析することができるようになります」

1on1でも同様に、事実を確認し、感情に共感して聞いてもらうと、人は自分で深く経験の意味などを考えるようになる、ということである。

5分間のリフレ・エクササイズ

1on1を内省の場として機能させるためには、上記のように日々のコミュニケーションと、上司の傾聴・共感スキルが欠かせない。だが、これは人によって得手不得手がある。そこで松尾氏が開発したのが、スキルがなくてもできる「5分間リフレクション・エクササイズ」だ。

簡単に見えるが、きちんと「経験」を「振り返り」「教訓を引き出す」という経験学習モデルの流れに沿ってリフレクションの練習ができるようになっている。

「2分間なら傾聴しやすいと思います。会議の前に行うなど週1でも月1でも習慣化して、傾聴と共感のクセをつけてみてはどうでしょう」

リフレクションには「軸」がいる

深い内省を促すポイントは他にもある。1on 1やリフレクションを続けるとマンネリ化することがあるが、それを防ぐのが「軸」だという。

「自分なりの“軸”を持って、振り返りながら仕事をする人が、成長しやすいといえます」

松尾氏が行った看護師長のリーダーシップに関する研究では、受け持ちの病棟内で人が育ち、看護の質が高い看護師長に共通していたのが、振り返りながら仕事をさせている(「リフレクティブ・プラクティス」を行っている)ということだった。

「振り返る際は、病棟の理念やロールモデルを軸として、今の自分を比べてもらうと、振り返りがしやすくなることが明らかになっています。比べる対象があることで、改善点や伸ばすべき点が分かるのですね」

リフレクティブ・プラクティスは先述の5分間エクササイズを「理念バージョン」に変えることで簡単に取り入れることができる。ペアで語るテーマを「理念を体現したと思う仕事について」や「どんな仕事がしたいのか」などに変更すればいい。

「理念でなくても “自分たちは何のために働いているのか”について話すことで、共通基盤となる軸をつくることができます」

「私」を語り合うこと

さらに、背景の異なる人同士で深い対話を促す場合も、やることは同じだが、さらに「各自のプライベートを語り合うと、お互いの価値観、考え方、置かれている状況を理解し合うことができる」と松尾氏は語る。

ある病院では正規職員や時短職員、パートなど勤務体系に多様性があり、時間的制約のない職員から、時短の人の分の皺寄せがくると苦情があった。そこで看護師長が、仕事以外のプライベートについて、どのように過ごしているかを話し合うことにしたという。

「若い人が“帰宅してビールを飲むのが幸せ”と語り、子育て中の人は“子どもを迎えに行ってご飯をつくって掃除をして1時に寝ます”と語り、介護中の人は“おじいちゃんが夜中に起きて眠れない”と語る。すると、この日を境に職場の空気が一変したそうです」

生活の中での苦労や価値観を共有したことで相互理解が進んだのだ。そのうえで、接着剤となる共通基盤(=軸や理念)があると、ダイバーシティは対立ではなくイノベーションを生む源泉となる。

上司・部下の場合も同じであり、デリケートな話を聴いたり、共通基盤を伝えるなら、1対1のほうが向いている。1 on 1やチーム単位での相互理解やリフレクション・エクササイズを組み合わせて行うことが、個人とチームの内省力を上げていくうえで効果を発揮する。

人事部には何ができるのか

最後に、現場の対話、1 on 1を支援するために人事・人材開発部門ができることとは。

「1on1を機能させるのは、実は非常に難しい。ヤフー社ではよく考えられていて、まずトップが実施してきましたし、軸となるビジョンもある。人事も補完的な仕組み(図2)を組み合わせています」

ヤフーでは、人事は上司だけでなく、受ける側にも主体的に関わるようにフォロワーシップ研修を提供し、1on 1が機能しているかについてアセスメントも行っている(「1on 1チェック」、40ページも参照)。本人に意義のある仕事をさせるためのジョブ・アサインメントやジョブローテーション制度も整っているという。

「これだけできれば理想的ですが、先の5分間のリフレクション・エクササイズを職場に導入するだけでも、1on 1を機能させることにつながると思います」

まず人材開発部門内でエクササイズを行うことから始めてみてはどうだろう。